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仙台高等裁判所 昭和33年(ネ)528号 判決 1962年12月17日

控訴人 国 外一名

国指定代理人 真鍋薫 外二名

被控訴人 榎本末吉

主文

原判決を取消す。

被控訴人の請求を棄却する。

岩手県二戸郡安代町大字荒屋字高畑一六九番地の二田九反一八歩及び同所一七一番地山林三反七畝四歩は控訴人滝野潔の所有であることを確認する。

被控訴人は控訴人滝野潔に対し、右土地に立入り、同控訴人の耕作を妨害してはならない。

訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

事  実 <省略>

証拠関係<省略>

理由

(被控訴人の請求について)

(一)  まず、本件訴が不適法であるとの抗弁につき考えるに、被控訴人の本件請求の趣旨は、「被控訴人の先代榎本金作は控訴人滝野から、昭和二〇年二月ころ、同人がさきに帝室林野局から賃借してきた土地のうち、開墾の目的で本件土地の転貸を受け、同年から昭和二四年までの間に水田または畑に開墾し、そのころ右転貸借につき賃借人の承諾を得た。そして、本件土地のうち丙地については農林省の所管換になり、旧自作農創設特別措置法の規定により、昭和二五年一月一日付売渡通知時をもつて控訴人国から右金作に売渡された。昭和二九年一月三日被控訴人は先代金作の死亡によりその地位を承継して甲乙両地に対する転借権並びに丙地に対する所有権を取得したところ、控訴人国は甲乙両地を農林省に所管換をすべきにかかわらずこれをしないで、大蔵省所管の普通財産として昭和三一年四月二七日控訴人滝野に代金三〇万円で売払い、同年五月一五日その旨の所有権移転登記を経由した。しかしながら、農地はすべて農地法所定の手続によつて売渡すべきであるのに、同法所定の知事の許可もなく、控訴人滝野は農地を取得する資格も知事の競買適格証明もないから、控訴人ら間の前記売買により所有権移転の効力は生じない。よつてこれが無効確認を求める。」というのであつて、右事実によれば、被控訴には本件売買の無効確認(正確にいえば本件甲乙両地の所有権の帰属についての確認)を求める利益があるものというべく、控訴人らの主張は理由がない。

(二)  本案につき審究するに、岩手県二戸郡荒沢村(町村合併の結果安代町となる。)大字荒屋字高畑一六九番の二田九反一八歩(甲地)、同所一七一番地山林三反七畝四歩(乙地)及び同所一七〇番原野一反五畝二四歩(丙地)は、いずれももと帝室林野局管理の皇室財産の荒沢村大字荒屋字高畑九五番の四御料地の一部であつて、同御料地は、その後高畑一六九番原野一町二反六畝二七歩、同所一七〇番原野一反五畝二四歩(丙地)、同所一七一番山林四反二畝一二歩と付番されたが、昭和二二年四月一日財産税の物納により控訴人国の所有となり、大蔵省所管の普通財産となつたこと、昭和三一年五月一五日右一六九番原野は、その地積を一町三反一畝一八歩と変更したうえ、同番の一原野二反四畝二七歩、同番の二原野九反一八歩(甲地)、同番の三原野一反六畝二歩の三筆に分筆され、その際右同番の二原野は田に地目が変更され、また、一七一番山林はその地積を三反七畝四歩(乙地)に変更の登記をされたこと、控訴人滝野の先代滝野千太郎が明治三五年ころもと九五番の四御料地を帝室林野局から開墾の目的で賃借し、その後その一部である前記甲乙丙三筆の部分を農地に開墾して耕作使用してきたこと、昭和一七年一〇月三日右千太郎が死亡し、その家督相続人である控訴人滝野は、右の土地を引続き賃借してきたが、戦時中労働不足のため一時右農地を荒らし、昭和一七年から昭和一九年までの間に乙地と丙地の一部に落葉松等を植林したこと、控訴人滝野が昭和二〇年二月ごろ丙地の一部を被控訴人先代金作に転貸したこと、金作がその後甲乙丙三筆の土地の一部を開墾し、耕作使用していたこと、丙地がその後農林省に所管換になり、旧自作農創設特別措置法の規定により、昭和二五年一月一日売渡通知書をもつて控訴人国から右金作に売渡されたことはいずれの当事者間にも争がない。

(三)  被控訴人は、その先代金作が控訴人滝野から丙地の転貸を受けるに際し、甲乙両地についても転貸を受けた旨主張するに対し、控訴人らはいずれもこれを争うので判断するに、右被控訴人の主張にそう甲第二一号証の二(証人榎本スエの調書)、同号証の三(証人五日市儒次郎の調書)、甲第二二号証の二(証人五日市佳一の調書)、当審における証人榎本スエの証言及び被控訴人本人尋問の結果は、次に挙げる各証拠に対比して信用し得ないものであり、その他被控訟人の主張を認め得る証拠はない。

かえつて、成立に争のない乙第七号証、第八号証の二(証人細矢正太郎の調書)、第二三号証の二(証人伊藤由太郎の調書)、原審における控訴人滝野本人尋問の結果(第二回)により成立を認める乙第一五号証の一・二、原審証人滝野ヤス・盛内梧郎・小笠原英二郎、当審証人小幡栄一、原審及び当審証人佐々木兼吉・細矢正太郎の各証言、原審及び当審における控訴人滝野本人尋問の結果(原審は第一・二回)、当審における被控訴人尋問の結果を総合すると、次の事実を認定することができる。

すなわち、控訴人滝野の先代千太郎が明治三五年ころ帝室林野局から本件土地を賃借し、昭和一七年一〇月三日同人死亡後は同控訴人が承継したこと、同控訴人は昭和二〇年二月ころ本件土地のうち丙地を被控訴人先代金作に転貸したこと(以上の事実は当事者間に争がない)。本件土地は千太郎が賃借してから開墾に従事し、大正四~五年ころまでかかつていつたん農耕地としたが、昭和一六年ころ人手がなく耕作を中止し、乙地及び丙地の一部に落葉松等を植林し、甲地は放置して草生地としていたこと、被控訴人先代金作は戦前八戸市から荒沢村に転入し(この事実は当事者間に争がない。)、魚商に従事していたが、終戦後の食糧難から小笠原英二郎を介し控訴人滝野に対し耕作のため土地の貸与方を申入れた結果、同控訴人はこれを諒承して丙地の一部(落葉松を植えていない約半分)を無料で転貸したこと、しかるに金作は無断で昭和二〇年から昭和二四年までの間甲地を水田に、乙地を畑に開墾したこと(金作が右のごとく開墾したことは当事者間に争がない。)、同控訴人は昭和二二年八月五日金作に対して転貸しない部分を開墾していることに苦情を申入れたが、金作は開墾した者が所得すると承知していたためきき入れずに開墾を継続したことが認められる。

甲第二一号証の二、三、第二二号証の二(いずれも証人調書)、当審における証人榎本スエの証言及び被控訴人本人尋問の結果中右認定に抵触する部分は前掲各証拠に対比して信用し難くその他右認定を妨げる証拠はない。もつとも、成立に争のない甲第三・第三号証、第五号証の一・二、第一〇ないし第一三号証、原審証人種市吉孝、原審証人藤館春馨・当審証人藤館春香の各証言によると、金作は昭和二二年九月一四日甲乙両地についても自作農創設特別措置法にもとづく買受申込をなし、地元荒沢村農地委員会は同土地を金作に売渡すべきを決議し、関係筋に対し、度々右土地を農林省に保管換されたい旨上申したことは明らかであるが、同農地委員会において金作が控訴人滝野から甲乙両地について転貸を受けたかどうかを同控訴人につき調査した形跡がないので、右事実をもつて金作が甲乙両地を適法に転貸したことの証左とはし難い。

そうすると、金作の甲乙両地に対する開墾は権限がなくしてした不法のものというべく、当該農地につき耕作の業務を営むものということはできない。

被控訴人は、開墾を終了したころ転貸借につき賃貸人の承諾を得た旨主張するが、全証拠によるも該事実を認め得る証拠はない。もつとも、原審証人大森オワサ・西田佐太郎、当審証人中沢周平、原審証人佐々木兼吉の各証言によると、昭和二三年夏ころ、仙台財務局盛岡地方管財第二課長中沢周平、岩手県二戸地方事務所吉田某らが現地調査に行つた際、耕作者らに対し、開墾を奨励する意味のことを言つたことがあつたことは認められるのであるが、かかる事実によつては、国が金作の転貸借を承認したことの証左であることはとうてい認めることはできず、むしろ、成立に争のない乙第五号証、当審証人小幡栄一・近藤公男、前記証人細矢正太郎の各証言によると、帝室林野局と控訴人滝野間の本件土地を含む賃貸借契約中には、第九条をもつて「借主ニ於テ借地ヲ譲渡シ又ハ転貸ノ許可ヲ貸主ニ謂フ時ハ授受者連署出願スベシ」との条項が定められてあるけれども、帝室林野局は、転貸借は認めない方針でこれを認めていなかつたこと、本件土地が大蔵省の所管になつてから、東北財務部盛岡財務局において、甲乙両地につき賃貸借も転貸借もないものであり、金作の開墾は不法開墾として取扱つてきたことが認められる。

そうすると、被控訴人の本訴はその余の点につき判断をするまでもなく失当として棄却すべきである。

(控訴人滝野の請求について)

(四)本件土地に関する来歴並びに権利の変動については上来説示したとおりであり、控訴人国が甲乙両地を大蔵省保管の普通財産として昭和三一年四月二七日代金三〇万円で売払い同年五月一五日その旨の所有権移転登記を経由したことは当事者間に争がない。

被控訴人は、甲乙両地は農地であり農地法所定の手続によらないでした右売払は無効である旨主張するので考えるに、農地法第二条にいわゆる「耕作の目的に供される土地」とは、その現況が耕作の目的に供されるだけでは足りず、所有者の意思に反して不法に開墾された土地のごときはこれを含まないものと解することが相当である。けだし、土地所有者は、その意思に反する不法開墾によつて作出された農地を、農地法上の農地として取扱われることを忍受すべきいわれは全くないからである。

本件につきこれをみるに、すでに認定したとおり甲乙両地については金作が所有者並びに賃貸人の同意を得ないで開墾し農耕地としたものであることが明らかであるから、農地法第二条にいわゆる「耕作の目的に供される土地」に該当しないものといわなければならない。もつとも、すでに認定したとおり、本件土地は千太郎が開墾の目的で賃借し、いつたん開墾して農耕地とした土地であつて、再び開墾することは所有者の意思に反するものではないとの感がないでもないが、帝室林野局が無権利者の開墾耕作を排斥するものであることは乙第五号証からもうかがわれるところであり、財産税の物納により本件土地が大蔵省所管の普通財産になつてからも、東北財務部盛岡財務局当局者が本件土地につき賃借権ないし転借権が存置する取扱をしていなかつたことは前認定のとおりであるから、賃貸の当初その目的が開墾であり、いつたん開墾して農耕地とした事実をもつて金作の開墾が所有者の意思に反しないものということができない。

(五) 仮りに、本件甲乙両地は農地法上農地と解すべきものとするも、そのことのために控訴人国が同土地を農林省に所管換えをしたうえ、農地法にもとづき被控訴人に売渡す義務を負担するものとは解し得ないし、被控訴人国が同土地を国有財産法にしたがい売渡したからといつて当然に無効ということはできない。

すなわち、自作農創設特別措置法第一六条第一項は、「政府は、第三条の規定により買収した農地及び政府の所有に属する、農地で命令で定めるものを、命令の定めるところによりその買収の時期において当該農地につき耕作の業務を営む小作農その他命令で定める者で自作農として農業に精進する見込のあるものに売り渡す。」と規定し、同法施行令第一四条によると、「自作農創設特別措置法第一六条、第一項の政府の所有に属する農地で定めるものは、第一二条第一項の決定のあつた政府の所有に属する農地及び同法第二三条の規定による交換に因つて政府の取得した農地並びに譲渡命令第二条又は第八条の規定により政府の譲り受けた農地とする。」と規定する。ところで、同法施行令第一二条によると、政府の所有に属する農地(同法第三条・第三〇条第一項第三号の規定により買収した農地を除く。)で、市町村農業委員会が自作農創設の目的に供することを相当であると決定したものは、農林大臣がこれを管理するものである旨を規定するが、他方右の決定は都道府県農業委員会の承認がなければその効力を生じないものとし、都道府県農業委員会が右の承認をするには当該農地の所管大臣の認可を受けなければならない旨を規定(同条第二・三項)しているのであつて、これら諸規定によれば、当該農地の所管大臣は右認可につき裁量権を有するものと解されるから、市町村農業委員会が前記決定をしても所管大臣が認可をしないときにはその決定は効力を生ずるに由なく、結局当該農地の管理を農林大臣に移すことを得ないことになる。そして、農地法施行法第五条第一項は、農地法施行の際旧自作農創設特別措置法第四六条第一項の規定により農林大臣が現に管理している農地(同法第三条・第一五条・第四〇条の二の規定による買収、第二三条の規定による交換または第一八条第一項の規定による買取に因つて取得した土地等、第一六条第一項または第二九条第一項の命令で定める土地等並びに第四一条第一項及び第四一条の三第一項に掲げるもの)及び採草放牧地並びに第二条第一項第一号もしくは第五号または前条の規定により国が取得した農地(旧自作農創設特前措置法第六条第五項の規定による公告があつた農地買収計画にかかる農地、同法第四〇条の四第四項の規定による公告があつた牧野買収計画にかかる採草放牧地等、農地法の施行前に旧自作農創設特別措置法及び農地調整法の適用を受けるべき土地の譲渡に関する政令第二条第一項の規定による譲渡令書の交付があつた土地物件)等については、農地法第二章第五節国から売渡及び第四章雑則(登記の特令等)の適用については、国が同法第九条の規定により買収したものとみなす旨を規定しているけれども、本件甲乙両地については、前記甲第三・四号証、第五号証の一、二、第一〇ないし第一三号証、種市吉孝・藤館春馨の各証言により、荒沢村農地委員会においては、昭和二二年九月一四日金作が同土地につき買受申込をした後の昭和二四年七月七日同土地につき自作農創設の目的に供することを相当であると決定したことが認められるだけで、岩手県農業委員会が大蔵大臣(その職権を行う者を含む。)の認可を受けて右決定を承認したことのないことは、右藤館春馨の証言からもうかがわれ、右農地委員会の決定はその効力を生じなかつたといわなければならないのであり、さらに成立の争のない乙第二号証、丙第三ないし第五号証、本件弁論の全趣旨によると、本件甲乙丙地が農林大臣の所管に属していなかつたことが明らかで(農林省農地局長と大蔵省管財局長とは東北財務局長に対し、(1) 昭和二五年一月二四日付をもつて、市町村農地委員会が、所管換認可のあつた農地等で将来売渡を行う見込がないと通知したもの及び同年三月末日までに所管換申請のないものについては自由処分ができる旨、(2) 同年七月二五日付をもつて、同年四月以降市町村農地委員会が自作農創設の目的に供することを相当と認めたものがある場合には、物納財産は同年一〇月まで所管換申請のあつたものに限り自作農創設特別措置法により売渡すものである旨それぞれ通牒を送り、東北財務局は右通牒の方針にしたがい事務を処理したのであるが、右は国有財産法第一二条、国有財産総轄事務処理規則に徴し相当である。)あるから、大蔵大臣が国有財産法にもとづき本件甲乙両地を売払つてもなんら違法はないものというべく、この場合農地法所定の権利移動の制限等の諸規定の適用はないものと解すべきである。

そうすると、本件甲乙両地は控訴人滝野の所有に属するものというべきである。

(六) 被控訴人が昭和三一年五月以来甲乙両地を耕作使用したこと及び控訴人滝野が被控訴人を被申請人として、盛岡簡易裁判所に対し、右両地につき立入禁止の仮処分を申請(同庁昭和三一年(ト)第一九号)、仮処分命令を得同年五月一〇日執行し、次いで盛岡地方裁判所に対し、右両地についての控訴人滝野の耕作を妨害することを禁止する仮処分を申請し(同庁同年(ヨ)第九三号)、仮処分命令を得てこれを執行したことは当事者間に争がなく、本件弁論の全趣旨に徴すると、被控訴人は甲乙両地が控訴人滝野の所有であることを争い、同土地に立入り同控訴人の耕作を妨害をなす虞れがあるから、該妨害の禁止を求める利益を有するものというべく、控訴人滝野の請求は全部正当としてこれを認容すべきである。

(七) 以上と異なり、被控訴人の請求を認容し、控訴人滝野の請求を棄却した原判決は失当であるから取消を免れない。

よつて、民事訴訟法第三八六条・第九五条・第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 鳥羽久五郎 羽染徳次 桑原宗朝)

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